tetsuです。
今日も職場の近くでゴミ拾いをしながら考えました。なぜかゴミ拾いをしていると、いろいろと思い浮かびます。ゴミ拾いには瞑想効果があるのでしょうか。
●私はゴミを拾っている、そして私はそこらへんにゴミを捨てない
これで、私は公道上のゴミを少しだけ減らせたことになります。これに対して、
●タバコの吸い殻や、コンビニで買った食品の袋や飲料のボトルを平気で捨てる人がいる
この人たちは街をドンドン汚します。
当たり前ですが、ゴミを拾う人が街をキレイにして、ゴミを捨てる人が街を汚します。
もし、捨てる人ばっかりで、拾う人が居なかったら、街はゴミだらけになります。
捨てる人は「どうせ誰かが拾うだろう」とか、「捨てたゴミを集めるのは行政の仕事だ、税金も払っているし」とか、「ゴミを拾う人の仕事を作ってあげている」とか、自分に都合の良いことしか考えていないのでしょう。そして、みんながゴミを捨てたら、街がどうなるのか想像力が働かないのでしょう。この『みんなが同じ行動をしたら』って事を想像できない人が『心が貧しい人』なのかもしれません。
仕事をしていても思います。会社組織やお客さんのために少しでも役に立つことをして、少しでも他者に貢献しようと考える人と、自分の好き嫌いや利得だけを優先して考える人に分かれます。後者は自分の好き嫌いで他人を攻撃したり、排除したり、制度の穴を付いて迷惑を顧みない方法で利得を最大化したりします。そういう人は道端にゴミを捨てる人と同じで、貪欲にまみれた人だと思います。
私はゴミを拾って、仕事を通じて社会に貢献して、家族を大事にして、友達を大事にして、自分の周りの人に喜んでもらえるような行動を心掛けたいと思います。
それでも、貪欲にまみれた人に遭遇することもあります。それに気付いたときは、相手を攻撃するのではなく、何とか距離を置いて、できるだけ接しないようにしていこうと思います。
昔に通っていたクライミングジムでよく流れていたラップの歌詞が好きです。
『どこの国とは言やーせんけど、日の丸の旗を燃やされても、どうかやり返さないで欲しい、我が心の日本』

コメント